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「司くんと負け犬ちゃん」の続き
人の気配がないところに呼び出された。
もしかして愛の告白?だなんて、現代であっても考えたことがない。
こういう時、何を言われるかだいたい予測はできる。
その相手が司率いる武力帝国のNo.2であるなら、尚更だ。
「私、司が好きとかじゃないからね!?」
「誰もそんなこと聞いてませんが」
脳が溶けてるフリして見逃してもらうつもりが、普通に叩き伏せられた。
司と一度手合わせして以来、私は彼のことを観察している。
簡単にはいかないとは分かっていたが、観察したところで彼が隙なんてものを見せることはついぞなかった。
そもそも私の視線に彼は気付いているし、目が合うと「特訓の成果を試そうか?」と尋ねてくるのだからイイ性格をしている。
私を呼び出して説教をしてやろうといういやらしい魂胆の男――氷月は司の隣にいることが多いので、私の視線が鬱陶しいのかもしれない。
君のことも一応見てるけどあくまでついでなんです。
なんて口が裂けても言えないが。
ここでは言えないことが多すぎる。私って弱い。
「毎日懲りずに噛みつく隙を窺ってるのが不思議なだけです。実力の差はハッキリしているのに」
腕を試したいなら都合の良い人を捕まえてやれば良い。
ここにはそういう人材ばかりが揃っているのだ。
なんなら組み手でもしてみたらどうだと氷月は言う。
「えーっと、それは……なんか違うっていうか」
私はただ司が泣くところを見たいだけだ。
正直それが戦いによるものでなくても構わない。というか、戦って彼を泣かせられる人間など存在しない。
司が「特訓の成果」と言うものだから、周囲にこういうあらぬ誤解を生んでしまうのである。
しかし私から司の涙が見たいんですなどと言うわけにはいかない。
確実に変人のレッテルを貼られるし、下手をしたら追放なんてこともあり得る。
「別にそんな……戦いたいとかじゃあなくてですね、」
「単刀直入に言いましょうか」
そう言うと、氷月は持っていた槍の先を私に向けた。
「ギャー!こっ、殺される!?」
「いい加減にしなさい。君がかませ犬としてちゃんとしてるのを私は評価してるんです」
「いやそれバカにしてるの間違いでしょ」
「さあやりますか、それとも逃げますか」
有無を言わさず勝負の流れに持ち込もうとする氷月から逃げる術など持ち合わせていない。
しかし、槍の達人と生身でやりあって無事でいられる自信も全くない。
司と違ってこの男は私を容赦なく吹き飛ばすだろう。
でもここで逃げたら、それこそ串刺しにされるかもしれない。
「分かった!分かったからあんまり痛くしないで……ね?」
「名前クン、今から何するか分かってますか?」
こうして私はなすすべもなく痛恨の二敗目を喫したのである。
▽
「……という訳で氷月に呼び出されて酷くされたの」
「気色悪い言い方をしないでください。では治ったらまた」
「また!?」
ボロ雑巾になった私を放り投げて氷月はさっさとどこかへ消えてしまった。
しれっと次の予約まで入れちゃって。もしかして私って人気者?
「司の次は氷月、頭がおかしいよアンタ」
「違うんだよニッキー!司には挑んだけど氷月には襲われ、イタタタタ」
「生傷ばっか作ってくんじゃないよ!」
背中に思いっきり来る!と身構えた衝撃は、来なかった。
かわりに髪をこれでもかとかき混ぜられる。
ニッキーはもじゃもじゃになった私の髪を見て爆笑していた。
「アンタってチワワに似てるね」
「チワワ……」
「怖いもの知らずだよ、本当に」
大きい相手を警戒して吠えまくるどころか噛みついてしまうのが私、ということらしい。それってチワワ関係あるのかな。
しかし性質に関しては残念ながら否定できない。ニッキーはさらっと現実を突きつけてきた。
「だから氷月もかわいがってやりたくなるんじゃないかい?」
「それは断じて違います」
氷月の口調を真似すると、また笑われた。
彼がいきなり勝負を挑んできたのはただの憂さ晴らしか何かだろう。
私は彼が認めるような強者ではない。なにせ、かませ犬呼ばわりされたのだから。
上下関係をしこたま叩き込まれたというのが、恐らく正しい。
「まぁアタシは好きだけどね、チワワ」
「……なんで赤くなってんの?」
2020.7.12 続 負け犬の執着
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